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ヒゲ 永久脱毛の重要事項

K大学ウイルス研究所の教授としてW先生がおられました。
W先生が、生化学教室の講義室を使って分子生物学について講義をされたのです。
その講義のしかたが当時の日本の大学では非常に斬新だったのです。
W先生をはじめ、木方助教授、川出助教授、Y助手など、研究室の教職員全員が講義に参加し、そのうちの一人が講義をすると、他の人びとも聴衆と同じように前のほうに座っていて、ときどき茶々を入れたり、補足をしたりという形の講義でした。
しかも、講義には、大学院の学生だけではなくて、物理学科の湯川秀樹先生のところの助教授など、年輩の人も聴きに来ていました。
それはなぜかというと、分子生物学が非常に新しい学問で、なかなかおもしろそうだということを聞きおよんでいた科学者が、かならずしも生物学科だけではなくて、化学科にも物理学科にもいたのですね。
だから、雰囲気がふつうの講義とはちょっとちがいました。
そこではじめてわたしは、科学の最先端の、しかも新しく勃興しつつある分野の科学が、科学者が、どういう雰囲気で研究をしているかというようなことを垣間見たわけです。
F卒業論文を書かなかったとか。
分子生物学をすると決めていたので、卒業論文のための研究はせずに他の勉強会などに行っていました。
学部は同じでも学科がちがうと、ふつうは講義を受けに行ったりしないのですが、岡田節人先生が動物学教室で発生学の講義をするというのでそれを聴きに行ったり、ほかにも論文を読んで質問しあう勉強会とかに入れてもらっていました。
幸い、担当の教授が温厚な人で、卒業のことを相談に行ったら、自分が勉強していることをまとめて、教室のみんなに発表すれば卒業論文のかわりにしてやると言われました。
それでわたしはジャコブ目モノーの論文とその関連論文も読んで、みんなの前で三時間くらい、いろいろ説明しながら話をして、それで卒業論文のかわりにしてもらったのです。
大学院はウイルス研ですね。
科学者になるためには大学院に入らなきゃならない。
先輩を頼って、色々な大学などを調べたけれど、結局、つぎの年の四月からK大学ウイルス研究所が大学院の学生をとることになったので、W先生のところに決めました。
面接試験でW先生が「君はどうしてウイルス研へ来たいんだ?」と聞かれたのです。
それで、わたしが「ほかに行くところがないのです」と正直に言ったら、みんなが大笑いしたのを覚えています。
それは、ほかを調べたけれどそれぞれ支障があって行くところがないということなのですが、しょうがないからあなたのところに行くのだというふうにもとれるわけです。
それでも取ってくれました。
四月のはじめに、W先生の教授室に呼ばれました。
先生は、「おまえは分子生物学をほんとうに本気に研究するつもりか」と言われたのです。
わたしは「もちろん木気です」と言ったら、「それだったら、アメリカに留学するしかないよ」と、先生は言われました。
一九六三年ですから、まだドルの国外への持ち出し規制があって、よほどしっかりした理由がないと外国へ行くことさえできない状態でした。
ですから、大学院の学生で留学できるとは思っていませんでした。
しかも、先生が行くところを探してやると言われるのです。
それで、心のなかで「これはしめた」と思いました。
後年、W先生は、利根川は躊躇したから、自分はむりやり出そうとしたと言われるのですが、それは、あまりにもうまい話なので、心のなかの喜びを見せないようにしていたのです(笑)。
日本の分子生物学の第一人名が言うんだから、きっとどこか行き先があるだろうと、わたしは非常に嬉しかった。
そのときに、助手のY先生が、I大学で学位を取って帰ってきたばかりでした。
それで、彼がI大学で知り合った分子遺伝学の教授が、C大学の『サンディ「ゴの新しくできたキャンパスに移って、そこで新しい分子生物学部をつくりつつあったわけ。
そこへ連絡してくれました。
それで、サンディエゴヘ留学されて、博士号をとって、ソーク研究所のD博士のところへ行かれるわけですね。
このあたりからあとのところは、よく知られているところです。
いまから考えると、サクセスストーリーだからとうぜんそうなっているけれど、信じられないくらい運がよかったと思います。
でも、運だけかというと、きっとそうじゃない。
だいたいわたしは、しんどい思いをしたことは忘れる性格なんです。
いいことだけを、覚えているというところがある。
わたしがバーゼル免疫学研究所に行って一〇年間、とくに最初の五年間くらいの苦労したプロセスをストーリーに書いたら、それにはほとんどの人が耐えられないだろうと思います。
それは友人たちが知っていることです。
彼らから見れば、もうアメイジング(驚異的)なんです。
スイスには当時日本人なんてほとんどいなかった。
客観的に見るとたいへんな苦労をしています。
だけど、あとから見ると、わたしはやっぱり運かよかったと思う。
なにしろ、成功していますからね。
だから、わたしはよく言うことなんだけど、非常に楽観的な人がサイエンスに向いていると思うのです。
いろいろむずかしいことがあってもかんたんに滅入らない人、あきらめない人。
それから、プライオリティ(優先事項)がしっかりしていること。
これは重要です。
つらいことがあったときに、やめようと思うか、それでもがんばって成し遂げようと思うか。
これは自然科学者でも、他の分野の人でも同じでしょうが、どのくらいプライオリティをしっかりして、集中してやれるかという能力は、とても重要なファクターだと思います。
何にプライオリティをおくかというときに、自分に確信させる、自分にそれを信じさせる力か非常に重要だと、以前おっしゃってますね。
科学者なんて基本的には、それなんてすね。
そこをまちがうことってありますか。
非常に傲慢でね。
自分が決めたことはまちがいじゃないと確信しているわけ。
一種のマインドコントロールです。
ここかおもしろいところなのですが、それぞれの研究成果がどのくらいいいものか、それはかならず意見が分かれます。
みんなまったく同じということはありえないのです。
だけど、わたしが尊敬している科学者は、わたしがある評価をもった成果には、だいたい同じような評価をする。
ところが、わたしがあまり尊敬しない科学者とは一致しないことが多い。
それは、聞く前からわかっているわけ。
彼の価値観とわたしの価値観かちがうからです。
そのあたりの価値観が、いわゆるいい科学者のあいだでは一致しているのです。
科学の判定は、非常に個人的なものでありながら、同時にまったく個人的なものではない。
ある程度のコンセンサスがある。
この感覚は、科学者になっていくときに学ぶんです。
わたしは、D先生とか、ほかにもつきあった先輩の科学者とか、彼らから習ってきています。
いい科学者の弟子たちがいい科学者になる確率が高いのは、共通した価値観をもっていて、何か重要で何か重要でないかということについての判断が遺伝しているからだと思います。
社会的な意味での遺伝ですけどね。
そういう判断ができるセンスを身につけるにはどうすればいいのでしょう。
利根川創造的な研究をしなさいと言いますが、創造的な研究とはどういうものかということが、二〇歳そこそこの学生にはよくわかりません。

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